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横浜地方裁判所 昭和41年(ワ)1052号 判決

原告

染谷貞良

外五名

代理人

宇野峰雪

外二名

被告

横浜柩車有限会社

代理人

馬場東作

外二名

主文

被告は、

(一)  原告染谷貞良に対し、金一三七万一、〇五二円および別表1(チ)残業手当未払額欄記載の各金員に対する同表(リ)損害金発生日欄記載の日から支払済に至るまで、年五分の割合による金員を、

(二)  原告佐藤千代作に対し、金八九万四、四九四円および別表2(チ)残業手当未払額欄記載の各金員に対する同表(リ)損害発生日欄記載の日から支払済に至るまで、年五分の割合による金員を、

(三)  原告川崎要之助に対し、金三六万三、三四〇円および別表3(チ)残業手当未払額欄記載の各金員に対する同表(リ)損害金発生日欄記載の日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を、

(四)  原告井森昭三に対し、金九〇万一、三五八円および別表4(チ)残業手当未払額欄記載の各金員に対する同表(リ)損害金発生日欄記載の日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を、

(五)  原告熊倉栄に対し、金六一万七八円および別表5(チ)残業手当未払額欄記載の各金員に対する同表(リ)損害金発生日欄記載の日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を、

(六)  原告染谷登世子に対し、金四八七万九、二九八円および別表6(チ)残業手当未払額記載の日から支払済に至るまで、年五分の割合による金員を、

それぞれ支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一被告が貨物自動車運送事業(霊柩)を目的とする有限会社であることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば運用車輛一三台、資本金五〇〇万円、従業員数一二名であることが認められる。

二原告ら(ただし原告川崎、同井森については昭和四一年四月三日まで)がいずれも会社の従業員にして神奈川ハイヤータクシー労働組合横浜霊柩車支部の組合員であること、被告の従業員に対する賃金は月給制であり、就業規則および慣行により毎月一日から末日までの基本給、精勤手当、運転手当、通勤手当、特別手当および前月二一日から当月二〇日までの間の残業手当を毎月二五日に支払うことになつていることはいずれも当事者間に争いがない。被告の従業員に対する勤務時間については、〈証拠〉によれば昭和二五年三月一日実施の就業規則(旧就業規則という。)によると午前八時より午後四時までと定められてあるのに対し、〈証拠〉(新就業規則)によれば昭和四〇年一一月一三日横浜南労働基準監督署届出済の就業規則(新就業規則という。)によると午前八時半より午後四時半までと定められていることが認められるが、〈証拠〉によれば新就業規則の施行については組合支部と会社との間に協議が整わず現実には従業員は旧就業規則どおり午前八時より午後四時まで就業がなされ会社もこれを容認し特にこの点に関しトラブルも起らず、また旧就業規則第二九条にある規則改正は従業員代表者と協議の上行なう旨の規定と合せ考えるとき、就業の開始、終了時刻は旧就業規則どおりであると認めるのが相当である。

三原告らがいずれも昭和三九年六月以前より被告に雇傭されていることは当事者間に争いなく、原告染谷貞良、同佐藤千代作、同熊倉栄、同染谷登世子は昭和三九年六月から昭和四二年七月までの間における、原告川崎要之助、同井森昭三は昭和三九年六月から昭和四一年四月三日までの間における各残業手当の支払を請求するのに対し、被告は原告登世子については、会社事務所には同人の執務のための机も存在せず、同人が車庫附属居室に起居しているめた、出社および退出は全く同人の自由であり、就業時間に拘束されず、従つて残業時間の概念も存しないと主張し、その余の原告らについては、就業時間終了後の輪番制による当直中の作業は通常の労働の継続を行なうものではなくいわゆる「当直」の性質を有するものであり、この点は支部も認めており、昭和三八年一〇月一一日ころの三回にわたる団体交渉の結果、合意のうえ当直手当、出勤手当を支払つているからそれ以上に残業手当を支払う要はないと主張する。

(一)  まず、原告登世子について考察する。

そもそも就業時間(労働時間)とは、労働力が使用者の指示命令権の下に委ねられている時間であつて、右にいう就業ないし労働とは必ずしも具体的な労働だけを指すものではないと解すべきところ、〈証拠〉中には原告登世子は昭和三八年六月一日に被告会社に入社したが、そのときは出勤、退勤の時間も決められず、仕事も会社内の一室に起居して運転手が留守のときに電話をとればよいていどで、そのほかはすべて自由時間ということであつた旨の供述部分があるが、〈証拠〉によれば、一日二〇回から三〇回の電話がかかつてきて、外出に際しても被告の許可が必要とされ、電話以外にも清掃やお茶くみの仕事をしていたことが認められ、さらに、〈証拠〉によれば原告登世子は事務員として被告会社に採用され、同年六月三日以来当直室の隣の六畳の間に父と寝起きして、午前八時から午後四時までは事務所で事務をとり、午後四時以降もやはり被告会社の電話番として当直室隣室で待機していたのであつて、日中の事務は昭和三八年一〇月に高久賢二が入社して若干仕事の内容が変つたとはいえ、電話のメモ、受注簿への転記に始まつて、神奈川県貨物自動車協会や陸運局などに出す書類の作成、さらには集金に出かけたりしており、午後四時以降も午後一〇時ころまでは事務所にいて電話の受注に従事し、それ以後は電話を切りかえて一一時ころまで自室でやはり電話を受け付け、間もなく床についていたのであるが、就寝後も毎日一、二回は市内の葬儀商(七〇軒ほどある)などから発注や問い合せの電話があつたり、夜間当直運転手が発注を受けて出働するときには受注簿を渡され、さらに朝は七時半ころに起きて事務室などを一通り清掃して従業員のお茶の用意をし、午後四時ころからは三〇分位かけて、当直室を清掃し寝具のカバーをとりかえるなどの仕事をしていたことが認められる。右認定の事実および〈証拠〉により認められる昭和四〇年九月一一日の組合支部と会社との団体交渉において高橋駒吉会長が「原告登世子は二四時間勤務であるから電話を受けつけるのは当然である。」旨発言したこと、原告登世子の入社以前は、右高橋の妻ミチヨが夜間だけ原告登世子と同様電話番の仕事を行ない月額一万五、〇〇〇円の絡料の支絡を受けていたとの各事実を合せ考えると、原告染谷登世子は就業時間中は会社の事務を行ない、就業時間外である午後四時から翌朝午前八時までは被告会社にかかる葬儀商などからの発注、問い合せ等の電話の受付およびその待機等の断続的な労働に従事し、その労働力がいずれも被告会社の指揮命令下に委むられていたものというべきである。もつとも、〈証拠〉によつても、午後一一時前ころには銭湯に出かけたり、ときには買物や食事のため私用で外出することもあつたことがうかがわれるが、後者の点については会社の許可を得ているうえ、時間的にも一時間とかかつていないし、銭湯についてもこれはむしろ衛生上会社が当然許しているものと解されるのであつて、以上の点をもつて前記認定を妨げるものとはいえない。なお、事務室に原告登世子の机がないとの点については、なるほど全証拠によるも専用の机があつたと認めることはできないけれども、これをもつてただちに原告登世子の勤務が時間内に拘束を受けないものであつたとはいえず、かえつて、〈証拠〉によれば被告会社事務室には机が二つしかなくこれらを原告登世子も含めて四人で交互に使用していた状態であつたことが認められる。

〈証拠〉のうち以上認定に反する部分は信用せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上認定したところからすれば、原告登世子は事務員として就業時間中は会社事務を担当し、就業時間外は電話番等の断続的勤務に従事していたものであるが、右就業時間外の勤務について労働基準監督署の労働基準法第四一条第三号所定の許可を受けていないこと後記認定のとおりであり、しかして、その勤務の実質が同法条の断続的労働にあたるとしても、同法条の許可のない限り就業時間外の労働に対する賃金については同法第三七条、同法施行規則第二〇条が適用されるものと解すべきである。

(二)  次に原告登世子を除くその余の原告ら(以下原告川崎らという)について判断する。

会社において運転手である原告川崎らが就業時間終了後論番制により当直を実施し事務室の隣室にある当直室にいて、受注の場合に出庫して作業に従事していたことは当事者間に争いないところ、〈証拠〉によれば、従業時間終了後(午後四時以後)も就業時間中と同様遺体搬送の業務に従事し、それが翌朝八時までに平均一回か二回あること(昼間は二回半位)、市内が多いけれどもときには千葉、埼玉、福島、下田、日光にまで遠出することもあり茅ケ崎に出動したときは四時間から四時間半もの時間を要することが認められ、出動時間以外の時間も出働待機のためのいわゆる手待時間として労働時間に組み入れるのが相当である。

してみれば、就業時間後の原告川崎要之助らの業務はいわゆる残業と目すべきであり、労働基準法第四一条第三号の「監視又は断続的労働」ということはできない。なお〈証拠〉によれば会社は昭和四二年三月一日に横浜南労働基準監督署に断続的な宿直又は日直勤務許可申請をなして同月八日一旦は許可になつたけれども同年四月二四日許可取消となりそれに対して会社が神奈川労働基準監督局に異議申立をしたところ、同年一二月二二日に異議申立が棄却されたことが認められる。してみれば、昭和三八年一〇月に行なわれた団体交渉の結果、組合支部と会社の間において合意が出来同年一一月以降平均賃金額の三分の一以上に相当する当直手当を支払つているからそれ以上に労働基準法上の残業手当を支払う要はないとの会社の主張は失当であり、ましてや原告川崎らの勤務の実際が、同法第四一条第三号に該当することを前提として労働基準法施行規則第三四条条の許可手続を得ていない場合であつても割増賃金支払の義務は生じないとの会社の主張も失当である。

四以上のように原告らの就業時間外の労働に対しては労働基準法所定の割増賃金を被告は原告らに支払う義務がある。

しかして、時間外手当支払義務の存在を前提として、請求原因第六項記載の右未払額の計数は被告において自認しているところであるから、右前提の認められる以上、被告は原告らに対して原告ら主張の残業手当を支払う義務があり、また右義務の履行がない限り同額の付加金を支払う義務のあることも明らかである。さらに、前記のとおり各月の時間外手当は当月二五日に支払うことになつていることは当事者間に争いないから、毎月の時間外手当未払額に対し、その支払日の翌日である毎月二六日(別表1ないし6(リ)損害金発生日欄記載の日)から支払済に至るまで、年五分の割合による民事遅延損害金を支払う義務が被告にはある。

五よつて原告らの請求はすべて理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。(大久保敏雄 田中弘 東条宏)

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